<< 路地裏探訪 | home | 幸せなパイ生地 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Posted by スポンサードリンク | - -

ホ・ジノ 「ハピネス」 (原題:幸福)

どれだけ首を長くしていたかわかりませんが、ようやっと見られました。
ホ・ジノ監督の第4作「幸福」・・・日本版タイトル「ハピネス」。
東京ではシネマート六本木で公開中。1/9までは日中の2回。
公式サイト

ファンでありながらこういうのもなんですけど、ホ・ジノ監督の映画を見ると、「巨匠」と呼ばれているのがつくづく不思議。きっと監督も「そういわれても」と思われているんじゃないか、そう感じるような作品となっていました。


あらすじはサイトでも紹介がありますが、それと実際見るのとでは、全く違う映画にも思えます。これまた毎回のこと。

それから公式サイトには韓国版のトレイラーしか紹介されてませんが、音楽が前作「四月の雪(外出)」のもの。たしかにどこかで似ているというか・・・そんな感覚もありました。

ジノ監督の映画としては、驚くほど整理された印象がありました。
それは前作との一番大きな違いかもしれません。物事と感情が大きく交差しぶつかり合い、混沌の映画であった「外出」に対して、「幸福」は病気の快復と感情の混沌がまるっきり逆方向に進んでいくという、はっきりした軸があります。

似ているような感じを受けたのは、主人公の姿。今回の主人公ヨンス(ファン・ジョンミン)も前回の主人公インス(ペ・ヨンジュン)も都会においてはスタイルもよく仕事もこなす。だけど田舎に降り立った後は、なにもかも失い、風景の中に混じれない異物感をかもし出してる。油絵で、誤ってべっとりと絵の具を置いてしまったときのよう。それを一人の女性が暖かなオイルで溶かし込んでいくようなところ。

異なっているのは、主人公の周りの人間が「外出」にはほぼ皆無で、二人だけの孤立が際立っていたのにたいして、「幸福」では二人の周りにも、遠巻きながらも人が介入して存在感を見せることが多い。

そしてこれは、今までの作品と同じで、「恋愛映画」というジャンルワケもそぐわない気がします。恋愛という、人生の中で火を灯す瞬間の男女を見つめているような映画。

どこにでもありそうな映画、でもどこにもない映画。

ヨンスは肝硬変で治療院に行くことを親にさえも元の彼女にも「外国に行く」と繕わなければならないような、表面の自分に押しつぶされている主人公。彼が恋をするのは、ウニ(イム・スジョン)。肺を患って8年も田舎の治療院で暮らしている、身寄りのない女性。ウニは治療院になじめないヨンスをわずかな方法で導きます。ただ手取り足取り体操を教えたり、困ったことがあれば寄って手を貸すような。

同部屋のおじさんもいつのまにかウニとともにヨンスの柱になっている。「健康な体で生きる」というシンプルな目標に彼を向かわせる。ところがおじさんは、自らの命の期限を知らされ首をつってしまう。だから結局、ウニだけが彼の柱になってしまうのね。

恋をしているときの男女は、陳腐なくらい甘いことややわらかなことに心全てが向かっていくのね。不思議なことに、そういうヨンスとウニがほほえましい反面淋しく思えてしまう。角砂糖みたいに甘くて素朴な味だからかもしれない。

「死ぬときは傍にいて」というウニに、「俺が死ぬときも傍にいてくれるか」というヨンス。どこまでも弱く淋しい男なんだな、とこんな小さなせりふで思う。

やがてヨンスの肝硬変はほとんど治るけれど、ウニは永遠に注意をして生きていかなければならない。平坦な田舎暮らしに健康な体の活力を放出しきれず、気持だけが荒れていくヨンス。

だけど絶対自分からウニを手放せないのね。でもウニを支えるほどの強靭さが彼にはなくて。だからウニに「お前から別れて」なんていう。そんなことを言うのは、本当は乗り越える力がないだけで永遠に離れられないとさえ思う人だからじゃないのかな。

お願いだ、とまるで祈るようにウニに頼み、ウニもまた祈るように手を合わせてこのままではいけないの?と懇願する。

ウニは空気を充分取り込めない肺で、坂を全力疾走。わあわあ泣いて叫んで、そのまま天まで昇っていってしまいたかったのかもしれない。

「チャルガヨ」・・・元気でね、さようなら、気をつけてね・・・出て行くヨンスにいうウニの、なんでもないこんな一言が、とても暖かくて寂しくて泣けてくる。

ウニに放たれたヨンスは、都会に帰って結局ぐだぐだのぐにゃぐにゃの男に戻ってしまう。再び肝臓を壊して、どこで転んだのか、ひどいすり傷をつけたまま入院。ぼさぼさの格好でタバコを吸っているところに治療院の院長と再会して・・・。

死の床に伏すウニのもとに、かつての約束のようにヨンスがいる。やっと彼女のために柱になれた瞬間。見守られて天に召される幸福は私たちが生に守られるうちは永遠にわからない。

いつもホ・ジノの映画には、失われていくもの、色あせていくものがあります。
生と死、愛と退廃。
どこから来たのか、そしてどこに行くのかわからない、足元があっという間に崩れるような不安の中、それでもきらりと光る何か。フィルムの形を借りて、彼の視点で見つめているような暖かさと寂しさに、やっぱり今回もやられてしまった。

ヨンスがウニに贈った花は、ずっとウニのそばにありました。
物言わぬ背景たちの語る力の大きさもまた、これまで同様胸を締め付けます。

鏡のシーンも多用され、バスや車で「どこかに行く」という空白の場面が、ふっとストーリーに日を差し込んできたり影を差し込んできたりする。

「外出」で主人公の二人が睡眠薬を買うために訪れる薬局が「小さな希望」という名前だったのと同じで、今回二人がクロスする場所が「希望の家」という治療院だったり。

遺影もまた、笑顔のウニが、物言わず許しを与えるような印象でした。

最後には雪。今度の雪は、なにを隠すでしょう。雪解けのあと、ヨンスに訪れるものは何かな。







Posted by なつしろぎく | comments(0) trackbacks(0)

スポンサーサイト

Posted by スポンサードリンク | - -
comments









trackbacks
URL:http://feverfew.jugem.jp/trackback/25
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
Categories
Recent entries
Recent comments
Recent trackbacks
Archives
Recommend
Profile
Links
Others